下萌えの 小さき野花 空に咲う

ANAGA Diary vol.15下萌えの 小さき野花 空に咲う

下萌え(したもえ)という春の季語があります。
『下』というのは冬の枯れ草の下という意味で、
春を目前に、その枯れ草に守られるように、新しい草の芽が生え出す様子を表します。

まだ初々しくやわらかな緑ですが、その力強さと勢いには目を見張るものがあります。

高浜虚子は、
『下萌えの大盤石をもたげたる』という句を詠みました。
早春の小さな草の芽吹きが、大きな岩を持ち上げるほど逞しく感じられたのでしょうか。
大地に根を張り育ちゆく新しい命。彼らは瞬く間に、地を覆い、天に向かいます。

沖に白波が立つほど風が強く、粉雪の舞う寒い日でも、
ふと足元を見れば、空に向かって小さな野花が懸命に咲いています。

春の先駆けを精一杯出迎えている姿には、野に咲く花の矜持さえ伺えます。

 直径2〜3mmの小さな薄紅白色の花を咲かせるイヌノフグリもまた、春の季語の一つです。
『いぬふぐり 星のまたたく 如くなり 』という句を同じく高浜虚子が残しています。
外来種である、オオイヌノフグリ(別名 星の瞳)の青い可憐な花は早春のこの時期にしか見ることができません。
一面の若い緑の中に、白やコバルトブルーの星が瞬く日も、もうすぐそこに来ています。

南あわじ市の畑では、すでに一番乗りの新玉ねぎが収穫中です。
新玉ねぎは、辛味も少なく、甘みをぎっしりと蓄え水々しいのが特徴です。

まるまる大きく育ちました。

冬の根菜類に加え、芥子菜、スナップエンドウ、ブロッコリー、そら豆、など
春の野菜も続々と旬を迎えています。

その年の中で最も早く咲くことから、百花の魁と呼ばれる梅も、満開の時が近づきました。
種類も増え、今では300種を超えるそうです。
南あわじ市広田梅林でも、紅梅、白梅、八重の梅とさまざまな種類の梅が、清々しく咲き誇っています。

梅林に一歩足を踏み入れると、そこはかとなく漂うたおやか香りに包まれます。
梅は思いの外、豊かな香りを持つように思います。
そんな華やいだ幕開きを楽しむのは、人だけではないようです。

梅林では多くの野鳥に出会います。

薄紅色の滝ように山肌を染める、南あわじ市の八木の枝垂れ梅も、早や、三分咲きになりました。
樹齢60余年の堂々とした風格で、淡路の春を祝います。

そして梅の後を追うように、桃の花が綻び始めます。
桃といえば、桃の節句 ひな祭りも近づきました。
二十四節気、雨水(2月18日から啓蟄まで)にお雛様を飾ると良縁に恵まれるという言い伝えもあるようです。
一年に一度のお披露目です。
お雛様も箱の中で、今か今かとその出番を待ちわびているのではないでしょうか。

南あわじ市津井の産業文化センターでは、約600体の雛人形が展示されています。
淡路島特産の瓦とひなまつりをあわせての展示です。
瓦の上に並んだり、ブランコに乗ったり、釜の上に集ったりと、お雛様達はとても楽しそうに見えます。
観客の帰った夜には、さざめく笑い声と賑やかなおしゃべりが聞こえているのではないでしょうか。

南あわじ市イングランドの丘では、冬咲きチューリップが満開です。

『親指姫』という、アンデルセンの童話があります。
親指の半分くらいの大きさしかない親指姫は、チューリップの花の中で生まれました。
怪我をしたツバメを助け、そのツバメに乗って親指姫は幸せになりました。

ツバメの飛来ももうすぐです。

生まれたばかりの春は、おそらく親指の半分よりも、もっともっと小さいのかもしれません。
萌え出す時には、ポンという小さな音がするのかもしれません。

今、あちらこちらで小さな春が誕生しています。
そんな春に出会うのは、どこか幸せな気持ちに繋がるようにも思えます。
 『どこかで春が生まれてる どこかで水が流れ出す・・・』