雪中四花につつまれて 新年の寿ぎ清々し

ANAGA Diary vol.14雪中四花につつまれて 新年の寿ぎ清々し

新しき年の始めの 初春の 今日ふる雪の いや重け(し) 吉事(よごと)
万葉集 4516 大伴家持
759年正月一日の宴にて、万葉集編者とされる大伴家持が詠んだ歌です。

新年に雪が降るのは豊作の徴として、当時大変縁起が良いとされていました。
新しい年もどうかこの積もる雪の様に、よいことが重なりますようにとの願いを込めて詠んだとされます。

今年の正月はあたたかく、雪とは無縁ではありましたが、
吉事(よいこと)が重なるよう願う気持ちは、今も昔も変わりません。
淡路島の吉祥を訪ねて、良き年を祈願いたしました。

南あわじ市福良には、国指定重要無形民族文化財の淡路人形座があります。

人形浄瑠璃は、江戸時代前期から西日本を中心に各地を巡業し、
浄瑠璃文化を伝えたとされます。漁の安全と恵みを祈るものとして、
また家、土地、船を守り、神を讃える神聖な行事として定着しました。
昭和初期までは五穀豊穣を願う三番叟や戎舞が正月、淡路の各家を回り、神棚の前で幸せを祈ったとされます。

淡路人形座の正月演目は、戎舞と伊達娘恋緋鹿子 火の見櫓の段 です。

正月恒例でもある戎舞のあらすじは
『戎様が釣竿をかついで淡路人形座へやってきました。庄屋さんはお神酒をだします。
盃を飲み干した戎様は、自分の生まれや福の神であることを話しながら舞い始めます。
海の幸、山の幸を前にみんなの願いを叶えようとお神酒を飲み幸せを運んできます。
酔った戎様は船に乗り大きな鯛を釣り、メデタシ、メデタシと舞い納めます』というものです。
軽妙な戎様の舞とその福々しい表情からは、こぼれ落ちんばかりの福が溢れています。

しかしながら、人形を自由自在に操るには、何年もの修行が必要とされます。
足7年、左手7年、頭と右手は一生ともいわれます。
古典芸能を継承することは並大抵のことではないようです。
情感溢れる語り、心に響く三味線の音色、人情の機微を伝える人形の生き生きとした表情は、
長い歴史を経て、今尚、人の心に響きます。
『生涯が修行』ともいわれる人形浄瑠璃で新しい年を迎えるのも、
清々しいスタートなのではないでしょうか。

淡路島国営明石海峡公園の芝生広場では、多くの親子連れが凧揚げを楽しんでいました。
お正月の凧揚げ風景も都会では、なかなか見られなくなりました。
昔は、男子出生を祝い、その無事な成長を祈る儀礼として、厄除けや祈願の意味もあったようです。
子供自身にとっても、願い事を凧に乗せて、天に届けるという壮大な夢に満ちた遊びでもありました。
晴れ上がった空を自由にのびのびと飛ぶ姿は、美しくもありまた勇壮でもあります。

『たこたこあがれ 風よくうけて 雲まであがれ 天まであがれ』

花の島ともいわれる淡路島では、冬枯れのこの季節に、雪中四花(せっちゅうしか)と呼ばれる四つの花が揃って開花します。
梅、椿、水仙、蝋梅で、寒さに負けることなく花を咲かせることから瑞祥植物ともいわれ縁起の良い花とされています。

中でも、南あわじ市灘黒岩の水仙郷は、諭鶴羽山が海に落ち込む急斜面一帯に
500万本もの野生の水仙が咲く大群落であり、今、見頃を迎えています。
あたり一帯には、甘く清々しい香りが漂います。

中国の古典には、『仙人は、水にあるを水仙という』とあるそうです。
寒風の中、海辺にて、すっとのびた茎の先に白い花を俯きがちに開く水仙。
その姿に仙人を重ねた古代の美意識の深さに敬服いたします。

その傍らでは梅の花も、ほころび始めています。

蠟梅、椿も咲き揃いました。
馨しい香りに包まれると、遠く遥かな地から、春の息吹がそっと届くようにも思えます。

寒咲き菜の花も満開を迎えています。
働きもののミツバチは、冬でも冬眠することなく、気温の高い日には戸外で蜜の採集に飛び回ります。

冬の棚田は、寒々しくも見えますが、
近づくと、小さな芽が寒さをものともせずにニョキニョキ顔を出しているのに気づきます。

遅植え玉ねぎの苗床も準備は完了です。今年もどっさりと甘い玉ねぎが収穫できる事でしょう。

時は休むことなく歩みを進めます。
馥郁たる花の香りに包まれて、育つ春を楽しむのも、また吉事のひとつではないでしょうか。


※人形浄瑠璃の画像は淡路人形座様よりご提供いただきました。